県立千葉高等学校 政治・経済授業「民主主義の原理を考える」

 「高校教諭と憲法学者の往復書簡」に取り上げられている授業がいよいよ実現しました。
 2012年11月5日(月)11:30~12:20、千葉県立千葉高等学校2年生の政治・経済において、「民主主義の原理を考える」という授業が行われました。10月掲載の往復書簡(7)憲法3「『民主主義』を考えるその2」に対応しておりますので、そちらもご参照ください。
 授業後には、生徒へ特別インタビューをさせていただきましたので、あわせてお伝えします。

〈授業〉

2年F組 41名(男子27名、女子14名)  場所:第一会議室
11:30~12:20
教科:政治・経済
テーマ:民主主義の原理を考える
授業者:藤井 剛 教諭

〈本時の位置づけ〉

政治・経済の「政治」分野の第1時間目という設定です。

〈グループ討論に関する工夫〉

 会議室にはあらかじめ小テーブルが10個、テーブルごとに4~5客ずつの椅子が用意されています。テーブルにはそれぞれ0から9までの番号がふってあります。生徒は、自分の出席番号の下一桁と同じ番号のテーブルに着席します。先生は手元に10枚のトランプのカードを用意し、どの班も公平に指名できるようカードを引いて、グループの意見を発表させます。
 なお、会議室の黒板は自由に書けるスペースが狭いので、先生は設問などを印刷した紙をマグネットで貼り付けながら、授業を進めていきます。

〈導入:「民主主義とは?」〉

 いきなり問1が黒板に提示され、生徒はグループで考えるよう指示されて、一斉に教科書や電子辞書を調べ始めました。3分ほど経過して、発表することになりました。

【問1】民主主義とは?
1班:「国民の意思に従って政治を行う政治体制。」
先生:「そうですね。「人民が主権をもって、その主権を行使する政治」などという説明がされます。民主主義を語るとき、リンカーンのゲティスバーグの演説が引用されることが多いと思います。「人民の、人民による、人民のため政治」という有名な演説ですが、この言葉の『人民による』のところがポイントですね。ということで、ここでは、民主主義を簡単にまとめて、「みんなのことはみんなで決めること」ということにしておきましょう。では、問2にいきます。」

〈展開1:「なぜ、みんなで決めるのか?」〉

先生:「では、第2問です。民主主義が「みんなのことはみんなで決める」こととして、この問2のようにクーラーの設定温度をなぜみんなで決めるのでしょうか? 数分間話し合ってください。」

【問2】教室のクーラーを何度に設定するかという問題を、なぜみんなで決めるのか?
7班:「みんなで話し合えば、不満をもつ人が出ないから。」
先生:「何度に決まったとしても、とりあえず自分の意見を表明してからの決定なら、満足するかもしれませんね。」
5班:「皆がより快適な温度を見つけることができるから。」
先生:「そうですね。いろいろな意見が表明されれば、より適切な答えが出てくるということですね。この答えを、「三人寄れば文殊の知恵」としましょう。
ここで確認しますが、今日のような授業では、答えはひとつだとは限りません。あくまでも、答えのひとつだと参考にしながら聞いてください。では、問3にいきます。同じように、なぜクラスで話しあうのでしょうか? はい、数分間。」

【問3】文化祭のクラスの出し物を決めるとき、なぜクラス全員で話し合うのか?
6班:「たくさんの意見を聞けば、よりよい出し物が決められるから。」
先生:「そうですね。「三人寄れば文殊の知恵」の理由もありますね。他には?」
2班:「目標が一つに定まるから。みんなで決めるとクラスが一致団結して実行できると思います。」
先生:「その通り。みんなで決めたことはみんなで守ろう、というために話し合いをするんですね。この答えを、「自己統治」と呼ぶことにしましょう。」

〈展開2:「みんなで決めることの問題点は?」〉

先生:「弁証法は1年の倫理で学んだでしょう。弁証法の根本は簡単に言えば、Aがあれば、必ずBという反論をぶつけなさいということですね。それにより、AでもBでもないCが生まれることになります。
 さて、ここで先ほどの答え、「三人寄れば文殊の知恵」に反論してみましょう。「三人寄れば文殊の知恵」といいますが、正しくない場面などないのでしょうか? 数分間、話し合ってください。」

【問4】「三人寄れば文殊の知恵」に反論する。
3班:「3人とも違う意見の場合。」
先生:「「決まらない」、ということですね。なにか、いまの政治みたいですね(笑)。それでも決めないといけないときは?」
3班:「間をとりもつ人に何とかしてもらう。」
先生:「第三者による調整ですね。時間がかかるということですね。結構困りますね。他には?」
6班:「3人とも間違った方向へ走ることがある。」
先生:「なるほど。なぜ間違った方向へ行くのですかね?3人の性格が悪いからですか?(笑)きっと、判断の根拠が問題なのでしょう。つまり、「専門家でない」、ということですね。他には?」
4班:「いい知恵が出ないとき。」
先生:「なるほど、いろいろ問題がありますね。私が考えていて、ここまで出てこなかったものとして、みんながよい意見を出すのが「三人寄れば文殊の知恵」ですから、前提として、言論の自由が保障されていることが必要です。その自由がないと成立しませんね。では、続いて「自己統治」に反論してみましょう。」

【問5】「自己統治」に反論する。
9班:「みんなが嫌なことは決まらない。」
先生:「そうですね。嫌がることがテーマだったら決まらないでしょうね。」
0班:「100%賛成の人ばかりではないから、必ずしも決定に従わない人が出てくる。」
先生:「その通りです。従わない人がいたら、どうするかな? 実は難しい問題です。物事を決めるときに、少数の人に配慮しないといけなくなる。それどころか、少数の反対で多数が望むことが決まらない可能性があります。そうすると、自己統治なのに、多数決って話になるかもしれません。
少し話はそれますが、多数決の根拠は何ですか? 倫理でやったと思います。」
0班:「功利主義です。」
先生:「そうです。「最大多数の最大幸福」という言葉で表現されますね。「大多数の人の幸福を実現することはいいことだ」ということで、多数決主義は民主主義の方法の一つとして認められています。他にも、自己統治の問題点は?」
8班:「みんなで決めたとしても、決めたことが最低限のモラルに反しているとき。」
先生:「模範解答です。間違ったことを決める可能性があります。例えば、今日国会で、突然、「千葉県民は、男は全員坊主、女は全員三つ編み、違反した者は死刑」という法律が決まったとします(笑)。こんな法律の制定は典型ですね。
さてここで、先ほど出てきた3つめの理由、「最大多数の最大幸福」にも反論してみましょう。各班数分間どうぞ。」

【問6】最大多数の最大幸福に反論する。
5班:「人数がほとんど同じとき。21対20とか、11対10対や10対10など。」
先生:「そうですね。多数決って「ウィナー・テーク・オール」になりますからね。ギリギリで決まると負けた方は微妙ですよね。」
2班:「でも、反対派が限りなく0に近くても、切り捨てていいのかという場合がある。」
先生:「なぜ少数派を無視してはいけないの?」
2班:「少数派の方が人道的なことを言っている場合です。」
先生:「そうですね。多数が正しいとは限らないからですね。ヒトラーのユダヤ人虐殺とか。先ほど言った「千葉県民の髪型」とか。では、最後の問題です。」

〈展開3:「民主主義の問題点を克服するには?」〉

先生:「これまでの政治・経済の授業で何回も言ってきましたが、社会科学とは、「嫌なことがあったら原因を見つけて、それを取り除く方法を見つけること」です。ここまでの議論で、民主主義には課題があることがわかりました。では、民主主義には課題があるという前提で民主主義を行おうとするとき、間違った決定をどうしたら事前に止められますか? 最後の問題です。では数分間、話し合ってください。」

【問7】権利侵害を止める方法は?
4班:「あきらめる。」
先生:「民主主義の授業だから、あきらめないで。」
4班:「では、プロテクト法をつくる。」
先生:「事後的な救済のために?」
4班:「そうです。」
先生:「事後救済システムをつくるということならば、具体的には裁判所となります。では、事前には?」
1班:「国会が事前に気をつける。」
先生:「国会はあやしいよ。それこそ、多数派が支配して暴走するかもしれない。」
5班:「多数派の横暴を押さえつける法律をつくる。」
先生:「その法律って、何かな?」
5班:(やや間があって)「憲法です。」
先生:「正解! 事前に憲法で決めておくんです。憲法は何のためにあるか、考えたことはありませんか? 憲法って、このように事前抑制のためにあるのです。納得できるかな? ですから、憲法を易しく定義すると、「事前にやってはいけないことを決めてあるルール」ということが出来ます。
 さて、今日の授業のまとめです。民主主義は正しいとしても、現実にやってみると課題がある。その課題を引き起こさないように、事前に「これはしてはいけない」と決めておく必要が出てきました。だから憲法が生まれてきたのです。それはすべてのルールや法律の上位にないと破られてしまいますから、「すべての法律の上にある法律」、つまり「上位法」や「最高法規」である必要がでてくるのです。憲法は、そのような理由で必要とされたのですね。
 ちょうど時間です。今日の授業はこれで終わります。」

〈授業終了後に行った、「生徒インタビュー」〉

 授業後の昼休み、先生のお計らいにより、女子2名・男子2名がインタビューに応じてくれました。インタビューは座談会形式で、20分間ほど行われました。

――班を代表して発表する人は、どのように決めているのですか?
生徒1:「みんなの視線が集中する人が、暗黙の了解で決まります。」
生徒2:「そうそう、自然に決まります。」

――民主主義はいいものだという先入観はありませんでしたか?
生徒3:「いいえ、問題あると思っていました。」

――みんなも?
口々に:「はい。授業で習ったというのではなくて、中学時代 に自分が少数派だったので、いろいろ苦労があったからです。」
「この学校に来ている人は、小さいときから『変わってる』と言われてきた人が多いんです。そのため中学時代は少数派に属していて、いろいろ苦労がありました。」
生徒4:「この学校に来て、周りがみんな変わり者だから、やっと自分も少数派ではなくなりました。また、中学時代にみんな苦労しているので、お互いを尊重し合う校風もあります。学校にもそれを受け入れる自由の伝統があります。」

――民主主義に問題があることはわかっていても、問7では「憲法」という答えがなかなか出ませんでした。みなさんはわかりましたか?
生徒1:「独占禁止法が頭に浮かんで、こだわってしまったので。」
生徒2:「憲法というと、9条のイメージがあって。」
生徒3:「途中で気がつきました。」

 「今日は他の人の意見が聞けてよかった。」「おもしろかった。」という感想も聞かれました。

〈取材を終えて〉

 今回は民主主義の意義をふまえつつ、民主主義的決定の問題点を考え、憲法の意義に結び付ける授業でした。この内容を50分の授業時間内に収めるために、最初の4問については、1問5分ずつ、あとの3問は約10分ずつという授業の時間配分になったようです。生徒は的を射た回答を次々と発表していましたが、実際の生徒の回答は、学校生活などの場面を具体的にイメージした言葉で表現されている場合もあります。先生はそれを「専門家の意見が必要な場合がある」というように、一般化した言葉に言い直す作業をして、議論をまとめていく様子がよくわかりました。討論型授業を指導するコツといえばいいのでしょうか。
 最後の問いで、民主主義による権利侵害を事前に止める方法としての憲法が導き出されましたが、他のクラスでもこの回答はすぐには出てきませんでした。授業後の生徒インタビューには、その理由の一端として中学校時代の憲法学習で身に着いたのかもしれない憲法イメージが示されています。憲法の意義を身につけるには、中学校までの学習では不十分な場合があるようです。じっくり時間をかけて、憲法の意義を考えられるといいのではないかと思いました。

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