「消費者市民教育を実践する ~消費者教育推進法の成立を受けて」シンポジウム

 2013年9月21日(土)13:00~16:30、日本弁護士連合会によるシンポジウム「消費者市民教育を実践する~消費者教育推進法の成立を受けて」が弁護士会館2階講堂(クレオ)を会場に開催されました。2012年に制定された消費者教育推進法のめざす消費者市民社会とはどんなものなのでしょうか。消費者市民教育の実践例など、実践に向けた盛りだくさんの内容のあらましをお伝えします。(当日の資料集より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:00 挨拶、問題提起等
13:20 講演
    「今後の消費者教育の推進」
    「消費者教育推進法のもとでの、地方における消費者教育施策の推進について」
    「みんなで行動する消費者になろう」
14:15 事例報告
    「砥部町における高齢者見守りネットワークについて」
    「かしこい消費者を目指して~教員と消費生活相談員との連携~」
14:50 休憩
15:00 パネルディスカッション
    「わたしが実践する消費者市民教育」
16:30 閉会挨拶

1 問題提起

平澤慎一 日弁連・消費者問題対策委員会幹事

 

〈消費者市民社会と消費者教育〉

 「消費者市民社会」とは、「消費者が、個々の消費者の特性及び消費生活の多様性を相互に尊重しつつ、自らの消費生活に関する行動が現在及び将来の世代にわたって内外の社会経済情勢及び地球環境に影響を及ぼし得るものであることを自覚して、公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画する社会」のことです(消費者教育推進法2条2項)。「消費者市民社会」をめざすためには、「消費者教育」が重要です。消費者は、商品やサービスの単なる受け手ではなく、主体的な消費行動で社会・経済・環境に影響を与えることができる存在であるという意識を育むことが必要になります。被害救済のためにも消費者教育が役立ちます。消費者の権利の実現のための「社会的責任」の自覚も必要であり、本シンポジウムが消費者教育発展のステップになればと考えます。

2 講演

(1)「今後の消費者教育の推進」
片山 朗 消費者庁消費生活情報課長

 

〈消費者教育の推進に関する法律の概要と今後検討すべき課題〉

 消費者教育推進法における消費者教育の定義は、「消費者の自立を支援するために行われる消費生活に関する教育(消費者が主体的に消費者市民社会の形成に参画することの重要性について理解および関心を深めるための教育を含む)及び啓発活動」です(2条1項)。国と地方の責務と実施事項については、国の基本方針として消費者庁・文部科学省が案を作成・閣議決定すると定められています。地方公共団体は、国の基本方針を踏まえ、都道府県や市町村の消費者教育推進計画を策定する努力義務があります。消費者庁には消費者教育推進会議が設置され、2013年3月に第1回会議が開かれたところです。地方には、消費者教育推進地域協議会が設置されます。同法により、学校・大学等・地域における消費者教育の推進などと人材の育成等が国・地方に義務づけられました。
 2013年度から向こう5年間に向けた「基本方針」の方向は、「誰もが、どこに住んでいても、生涯を通じて、様々な場で、消費者教育を受けることができる機会を提供」し、「効果的に推進」することです。各ライフステージでの体系的な実施に向け、消費者教育推進のための体系的プログラム研究会が「消費者教育の体系イメージマップ」を作っています。今後、学校・地域社会・職域など様々な場での消費者教育の推進、人材(担い手)の育成・活用、教材等の作成・研究・収集と提供、行政各部局間・多様な担い手との連携などが課題となると考えられます。

(2)「消費者教育推進法のもとでの、地方における消費者教育施策の推進について」
色川卓男 静岡大学教授、消費者問題ネットワークしずおか代表

 

〈消費者教育施策の推進には何が必要か〉

 消費者教育の必要性は1960年代から言われていましたが、なかなか本格化しませんでした。2004年、消費者基本法が制定され、2009年の学習指導要領改訂により消費者教育がさらに拡充されています。2009年の消費者庁の設立と昨年制定された消費者教育推進法により、現在本格的な時期を迎えたといえます。
 国から地方に期待されていることは、「地域協議会の構築」「多様な主体の連携」「消費生活センターの拠点化」「コーディネーターの利用、育成」です。地方消費者行政による消費者教育施策の現状は、学校に対しても住民に対しても、バラツキが大きく、全体としてはあまり行われていないといえます。多くの自治体が取り組むべき課題は、「掘り起し」と「連携」です。「掘り起し」とは、行政組織内部には、食の安全や町興しなど、消費者教育に関わる部局が既にありますが、それらを把握すること。関係する外部団体を把握すること。過去の業績を知り、それを踏まえること。「連携」は、自治体内部での施策の歴史の引き継ぎ、行政と外部団体の連携。特に新規や潜在的な団体の積極的掘り起しと連携が求められます。
 先進事例から消費者教育推進の要件をみると、専任の担当者がいることが重要です。多少うまくいかなくてもあきらめず、ニーズを十分につかみ、それに合わせる持続性が必要です。消費者団体等も、地元の実態などを的確に把握したうえで、消費者教育推進を自ら実践していくことが求められます。

(3)「みんなで行動する消費者になろう」
島田 広 日弁連消費者問題対策委員会委員

 

〈社会・環境を変える消費行動〉

 「消費者市民」とは、「行動する消費者」であると考えます。消費者被害は高止まり傾向で、被害の高齢化が進んでいる状況です。高齢者の孤独と不安が被害につながるのですが、教育だけでは被害を防ぐことはできません。社会が被害を防ぐ、「消費者市民社会」になる必要があると考えられます。その社会では、「私だけ」の消費から、社会・経済・環境を視野に入れた消費へと行動する市民がイメージされます。消費者が、社会・経済・環境に大きな影響を与えるという認識をもって、主体的・能動的に行動する社会が求められるのです。
 具体的な行動としては、買い物が「投票になる」ことを認識したり、「フェア・トレード」商品を購入したり、地産・地消を考慮した買い物をしたりすることなどが挙げられます。行動を持続的に生み出すためには、「モチベーションを生み出すこと」、「行動する場を作る・知らせること」、「成功体験とその共有化」が必要です。共有化のためには、消費者や消費者団体、NPO、事業者との連携の場を作ることが求められ、行政にその役割が期待されます。ある調査では、日本における個人の価値観として、「人生で大切にしたいこと」に「環境への配慮」「人を助ける」「安全への配慮」「創造性」をあげる人が多かったそうです。環境を考えることは、個人の価値観にもかなっており、行政の役割が大きいと考えられます。

3 事例報告

(1)「砥部町における高齢者見守りネットワークについて」
武田咲枝 愛媛県砥部町消費者相談窓口 消費生活相談員

 

〈高齢者見守りネットワークの効果〉

 砥部町の高齢者見守りネットワークは、悪質商法の被害撲滅を目的に作られました。具体的には、2010年度から消費者相談窓口と地域包括支援センター、社会福祉協議会、区長・民生児童委員、警察署、関係団体・事業者・金融機関等との連携が強化されています。役場内部や関係機関、町民に相談窓口の周知し、被害の情報提供、研修、啓発活動、広報、出前講座などを行っています。2012年度には、見守り者からの相談受付が全件数の半分近くを占めるようになりました。地域包括支援センターと連携した「訪問相談」は、早期発見・早期対応のメリットがあります。
 事例としては、たとえば排水管洗浄から床下工事を契約させる手口(点検商法)、健康食品のマルチ商法、布団・健康食品の次々販売があります。それらは、訪問相談や民生児童委員の声掛け、介護支援専門員・看護師の定期訪問、などによって気づき、対応することができました。

(2)「かしこい消費者を目指して~教員と消費生活相談員との連携~」
神山留美子 岐阜市立精華中学校教諭

 

〈技術・家庭科の「身近な消費生活と環境」授業づくり〉

 技術・家庭科の中学校学習指導要領には、「身近な消費生活と環境」について、「自らの生活の課題を見つけ、解決のための実践を行うことによって、学習した知識と技術を生活に生かす学習活動」が求められています。消費者トラブルについては、2008年頃から中高生からの相談件数が増加しているとのことでした。携帯電話の高額請求、ネット販売のトラブルなどです。そこで、トラブルを未然に防ぎたいと考えていた消費生活センターと学校が連携・協力し、家庭科でセンターの人に登場してもらう授業づくりをすることになりました。教員とセンターの人の教えたいことを摺合せるため、打ち合わせに時間をかけました。教員は生徒の実態や、授業で伝えたいことを示し、センターの人は求められる資料の提供や、センター側で伝えたいと感じていることを示し、授業内容を検討していきました。 今年度実施した「めざせ 賢い消費者!」という実践例は、インターネットでスニーカーを購入する設定で、生徒の一人と教師が親子の役になってロールプレイするものです。買ったスニーカーをいざ履いてみたら少しきつかった場合、どうするか?をみんなで考えます。自分の行動が、消費者全体の利益につながることを理解させることができました。

4 パネルディスカッション「わたしが実践する消費者市民教育」

【パネリスト】
色川卓男 静岡大学教授
神村明利 静岡県くらし・環境部県民生活課長
川口康裕 消費者庁審議官
島田 広 日弁連消費者問題対策委員会委員
【コーディネーター】
靏岡寿治 日弁連消費者問題対策委員会副委員長
岩﨑夏子 シンポジウム実行委員会委員
(以下敬称略)

〈消費者市民社会と消費者市民教育とは〉

川口:「消費者教育推進法により「消費者の自立」の意味が豊かになりました。「保護から自立へ」の意味は、消費者が自らの利益になるよう自主的・合理的に行動することが社会に影響を与え、それが再び消費者の利益になるというサイクルができることです。消費者教育はこれからの取組みであり、議論の過程を積み上げることで充実していくと思います。」
島田:「国連消費者保護ガイドラインが1999年に改訂され、「持続可能な消費」注1 という考え方が提示されました。「持続可能な消費」を実現する社会をつくること自体が、消費者の利益につながることが目指されています。」
神村:「静岡県では2011年2月に県総合計画に消費者教育を位置付け、「社会的価値行動」ができる消費者を育成することを目指しています。「社会的価値行動」とは、「自分の消費行動が、現在および将来の世代にわたって、内外の社会経済情勢および地球環境に影響を及ぼし得るものであることを自覚して、公正かつ持続可能な社会の形成に寄与する行動」です。これは、消費者教育推進法の「消費者市民社会」の考え方と同じです。」
島田:「従来の消費者教育は、被害防止を主な目的にしていましたが、消費者市民教育は、よりよい消費とは何かを日頃から考えること、すなわち「持続可能な消費」を切り口にしています。」
色川:「現場の先生は多忙だと思いますが、消費生活センターと関わっていただきたいと思います。すでに実績のあるところとの格差が大きい現状ですが、人材育成が第一歩だと思います。」

〈消費者の自立と「自己責任」について〉

川口:「先ほどの個人の価値観として「大切にしていること」では、環境や社会を多くの人が大切にしていることがわかります。自らの価値観を消費行動で実現するには、知識と判断力・交渉力といった能力が必要です。消費者教育はそれを養うものです。」
色川:「消費者と事業者には大きな格差があります。消費者が自立できるだけの環境が必要で、消費者教育は格差を縮めるための手段になります。」
島田:「いわゆる消費者の「自己責任」とは、被害を受けた消費者にも落ち度があるのだから、ある程度はその被害を引き受けるべきだというものです。一方、消費者市民社会は、このような「自己責任」を強調する社会ではなく、国際消費者機構が掲げる5つの責任①批判的意識をもつ責任、②主張し行動する責任、③社会的弱者への配慮責任、④環境への配慮責任、⑤連帯する責任という、消費者の権利の実現と表裏一体としての「社会的責任」を重視します。」

〈担い手の育成について〉

川口:「文部科学省と連携し、教員の指導力向上や学習指導要領を活かすことに取り組んでいます。授業は様々な時間を活用し、総合的な学習の時間と教科の連携が考えられます。外部人材の活用ということでは、消費生活センターの相談員との連携、国民生活センターの活用が考えられます。実践事例集作成、教員研修、教員養成への反映などもあります。まず学ぶ、気づく、その結果を自分の生活に生かす、そして伝える、余力があれば見守るという連鎖を作ることが連携です。担い手は消費者自身だと考えます。」
色川:「大学では、一般の学生向けの消費者教育をすることが一つです。イメージマップの4つの領域全てを押さえる内容の授業づくりが必要です。もう一つは消費者教育の担い手の育成をすることです。」
神村:「静岡県では、昨年度まで行われた「くらしのサポーター養成講座」で生まれた人材活用、今年度からは「くらしのリーダー養成講座」を始めるなど、様々な学習支援事業を行っています。」
島田:「地方財政の制約の中で、静岡県のように地域経済の活性化としてのモデルを作ることが大事です。学校との連携については、大学が拠点になって研究会を立ち上げるといった方法も考えられると思います。」
色川:「1つのプロジェクトに参加し、お互いに勉強し合うことが、連携を進めやすいと思います。」
川口:「事業者団体は、情報力・交渉力を消費者に広めてほしいと思います。企業活動を通じて得た情報を、出前講座・展示・教材などにする取組みをしていただきたいと思います。」
島田:「事業者の取組みは、個々の事業の宣伝になってしまわないかという難しさがあります。事業者自身が自覚して、その壁をどうするか。業界全体で横断的に取り組むなどすると、扱いやすいかと思います。」

〈今後の展望〉

川口:「一つは庁内連携を進めること。もう一つは庁外連携で、福祉関係と授業者を取り込むことを進めたいと思います。消費者庁として、新たな実践事例の普及をしていきたいと考えます。」
色川:「いろいろな施策の結果を保存しておいてほしいと思います。コーディネーターも大事で、学校の先生だけよりも適切な人が入ってくれると、やりやすいと思います。資格取得者にコーディネーターとなる機会を提供してほしいと思います。研修のあり方、内容も大事です。」
島田:「小さな成功体験の積み重ねと共有が大事だと思います。スウェーデンのパンフレットに、「あなたには力がある。力は、選択すること。もう一つは、ただ尋ねること。なぜ店にフェアトレードの商品がないの?と。」という例があります。社会の中には様々な消費者教育の取組みがあることに目を向けてほしいと思います。」

〈取材を終えて〉

  会場には約100名、15のサテライト会場を合わせると約200名の参加者があったとのことで、消費者市民教育への関心の高さを感じました。
 消費者市民教育は、「市民性の教育」として法教育との共通性をもっていると思いました。単に、悪徳商法の被害対策というだけでなく、消費行動に関する知識をつけ、自分の行動の意味を考えることにより、選択や問いかけが力となって、消費者市民社会が実現するというイメージをもつことができました。選択や問いかけをする際の判断の拠りどころとなるのが、公正や正義の感覚ではないでしょうか。さらに、講演の1つの「みんなで行動する消費者になろう」という題名によく象徴されていると思いますが、消費行動そのものが社会に参画することにつながると考えられます。社会参画力を養うことは、法教育でも求められているところです。公正で持続可能な社会を目指して市民の資質と能力を養う教育は、法教育の目的にもかなったものと考えます。
 消費者市民教育はこれから実践されていく教育であり、教材作成や担い手の育成、学校における授業づくり、予算、関係各機関の連携などの課題があることも、法教育の現状と同様に思えます。両者が連携していくと、お互いにさらに発展していくのではないかと感じました。

 

注1:
 現在および将来の世代の商品とサービスに対する必要を、経済的、社会的かつ環境的に持続可能な方法で満たすことを含む。

 

ページトップへ