2016年度日弁連・法教育教員セミナー  「主権者教育~授業を体験してみよう~」

 2016年5月28日(土)、恒例となりました日本弁護士連合会市民のための法教育委員会による法教育教員セミナーが弁護士会館会議室で開催されました。今回のテーマは、「主権者教育~授業を体験してみよう~」です。選挙権年齢が引き下げられて初の選挙が目前に迫ったこの時期、主権者教育が一層の注目を集めています。主権者教育についての講演と模擬授業の後、グループで授業案を検討する取組みをお伝えします。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:05  講演「あるべき主権者教育」
13:35  模擬授業「どうやって投票先を選んだらよいのだろう?」
14:20  クロストーク
14:55  グループワーク「主権者教育授業案作成」
16:15  グループワーク成果発表、講評、意見交換

1 講演「あるべき主権者教育」

根本信義 弁護士、筑波大学人文社会科学研究科教授

 

 「18歳選挙権の実現により求められる主権者教育」は、ともかくも「投票に行こう」というデモンストレーションとしての模擬投票授業になる場合が想定できます。これをここでは「最狭義の主権者教育」とよんでおきます。その効果は一過性にすぎない恐れが考えられます。
若者が投票に行かない理由は、選挙に対する無関心や候補者情報不足が挙げられています。これは、学校教育において政治や選挙の仕組みは教えても、誰に投票するのかの判断力を養成する教育が行われなかったことによると考えられます。そこで、投票に行くための意欲・態度、知識・理解、思考・判断の三位一体の教育が、主権者教育として要求される最低限のレベルといえます。これをここでは「狭義の主権者教育」とよびます。
 総務省の「常時啓発事業のあり方等研究会」の最終報告書は、次のような新しい主権者像を提唱しています。「国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく主権者」。そこでは社会参加と共に、「情報を収集し、的確に読み解き、考察し、判断する訓練」が必要とされています。私はそれに加え、自分の意見の核になる抽象的な価値や原理を持つことが重要と考えます。抽象的な原理原則に基づかなければ、所詮は刹那的な判断となり、その時々の情報によって判断を左右することになりかねません。その価値や原理は、日本国憲法がよって立つ基本的な価値(個人の尊厳、基本的人権の尊重など)や原理(立憲主義、国民主権、民主主義など)であり、価値を教えることに躊躇を覚える必要はありません。これらは、「狭義の主権者教育」の3つの側面を拡大強化したものとみることができます。これを「広義の主権者教育」とよぶことにします。
 「あるべき主権者教育」は、このように「国や社会の問題を自分の問題として捉え、自ら考え、自ら判断し、行動していく主権者を育てる教育」と考えられます。この「主権者教育」の目指す主権者の資質は、学習指導要領の中で育成されるべきとされる「公民的資質」と重なります。ところが、教育基本法14条2項が学校教育の政治的中立を要請していること等により、これまで学校の政治教育には過度の抑制が働いてきたことが考えられます。こうした状況の中で、日本弁護士連合会の市民のための法教育委員会が中心となって、各弁護士会が法教育の普及活動をしてきました注1。弁護士会の法教育の目標は、「個人が尊重される自由で公正な社会の構成員としての市民を育てること」とされています。法教育は「広義の主権者教育」と重なることが理解できます。これまでの法教育の実践を踏まえた上で、主権者教育のあり方や内容を構築していく必要があると考えます。

2 模擬授業「どうやって投票先を選んだらよいのだろう?」

藤井 剛 明治大学文学部特任教授

 

 「ワークシート 18歳選挙権に向けて -読んで考えて整理しよう-」(清水書院 2015年)を使った高校生向け50分1コマの模擬授業実演
(概要は法教育レポート(2016年9月22日公開)と同様ですので、そちらをご覧ください。)

3 クロストーク

根本信義先生、藤井 剛先生

〈本日の模擬授業について〉
藤井先生:「今日の模擬授業は根本先生の言われた『狭義の主権者教育』にあたります。この授業のいいところは、50分でどんな教科の先生にもできることです。ロングホームルームや総合的な学習の時間などを利用して、3名の生徒に登場人物の台詞を読んでもらえば実践することができます。」
根本先生:「どちらかというとデモンストレーション型といえるので、これをどう生かしていくかが問われます。きちんとした政治的素養を身に付けさせる広義の主権者教育の授業が重要になります。小中学校で広義の主権者教育を学んで、高校でこういう授業をするといいと思います。」
藤井先生:「まったくその通りです。この授業も狭義の主権者教育だけではつまらないので、世界の選挙権の状況など広げるタネは多少まいてあります。」

〈主権者教育の授業のあり方について〉
藤井先生:「これからは総合的な学習の時間に主権者教育をするといったことが必要になると思います。神奈川県立湘南台高等学校では総合的な学習の時間に主権者教育をしています。全校挙げて、3年かけて段階を踏みます。たとえば、1年次は身近な課題について討論する作法を学習します。2年次にディベートを、3年次に模擬議会を行うなど内容を発展させ、全職員がティームティーチングで取り組んでいます。このような実践例を踏まえ、さらに広く研究を進めたいと思います。」

〈高校生向け副教材『私たちが拓く日本の未来』について〉
藤井先生:「この副教材づくりに参加しました。これは標準的高校を想定して作っているので、このまま使うのではなく自校に合うようにアレンジしていただきたいと思います。すべての教材を実践する必要はなく、1つでも2つでも結構です。今日の模擬授業は、副教材の模擬選挙2の投票基準作りをアレンジしたものです。
 授業案づくりの視点に関し、まず、その授業が広義の主権者教育を目指すのか、狭義の主権者教育を目指すのかがあります。授業づくりの基本は、ホップ・ステップ・ジャンプです。その時間の授業の目標を決めるのがホップ。その目標に沿った教材を見つけるのがステップ。その教材にふさわしいメソッドを見つけるのがジャンプです。
 この副教材で示した教材は、すべてアクティブ・ラーニングです。「動かす授業」は講義形式よりも知識が長続きすると考えられていますので、教育方法としては有効な手段です。ただし50分間すべて動かす必要はなく、20分間講義、20分間グループワーク、残り10分でまとめるなどの流れでも十分アクティブ・ラーニングといえます。」
根本先生:「最後に投票して、結果はこうでしただけでは困ります。投票して何が身についたかが大事です。政策をどう作るか議論する、などですね。今日これからのワークでは、2つのパターンをお願いする運びになります。1つは、材料としてマニフェストを使う授業。どういう価値・原理を教えるかを念頭に検討していただきたいと思います。もう1つのパターンは、授業の中で投票をすること。それ以外はまったく自由な条件での授業案をお願いします。」

〈法教育と主権者教育の融合に関して〉
藤井先生:「法教育と主権者教育は融和していると思っています。教育基本法はじめ学習指導要領など、すべてが主権者教育の方を向いています。最広義の主権者教育は、法教育にほぼ一致しており、ただアプローチが違うだけなのかなと思っています。」
根本先生:「広義の主権者教育は小中学校でもできます。」
藤井先生:「従来の公民科教育があまりうまく機能していないため、その反省から生まれてきたものが主権者教育なんだと思います。現在投票率が低下していますが、現実の政治とリンクして授業を行わなくなったから、若者がどうやって投票していいかわからなくなったからだと考えられます。ですから、現実の政治を教材として扱い公民科教育の弱点を補うのが主権者教育だといえます。そのため、副教材には『現実の政治を扱ってほしい』と繰り返し書いてあります。」

〈政治的中立性について〉
藤井先生:「教育基本法でも14条の第1項に「政治的教養を育むこと」が先に規定されており、「政治的中立」は第2項です。政治的中立を担保する方法は、副教材に3つ書いてあります。政治的に対立する問題を授業で扱うときは、〔1〕対立するA説・B説両方取り上げる。〔2〕A説・B説両方の資料(新聞などが考えられる)を与えて生徒に考えさせる。〔3〕題材を広げる。たとえば原発再稼働か否かをテーマにするのが難しい場合は、30年後のエネルギー政策をテーマにすると、多角的多面的な議論が期待できます。この中立を確保する3つの方法は、学校現場ではこれまで行われてきたことであり、先生方はこれまでどおりにやれば大丈夫なのです。」
根本先生:「先進的な政治教育の例なども挙げればいいと思います。」

4 グループワーク「主権者教育授業案作成」

 参加者が5つのグループに分かれて、授業案づくりに取り組みました。1~3班は投票を授業に取り入れること、4~5班はマニフェストを素材にすること、という条件が課されました。各班の構成は、教員等が約5名、オブザーバーとして研究者や弁護士が約3名、司会と記録の弁護士が1名ずつでした。

〈第3班の取組みの様子〉
 他の4つの班が小中高校の教員を主とする中、第3班は法教育活動をする大学院生・大学生や司法書士会などの参加者で構成される異色のグループでした。オブザーバーには本日の講演者の藤井剛先生と野坂佳生弁護士(福井弁護士会)、女性弁護士が加わりました。

【ホップは素材検討から】
 授業の対象は高校生。模擬投票をするという条件のみが与えられていますが、広義の主権者教育を目指して授業案づくりが始まりました。まず野坂弁護士から、「現場ではネタが先に来て、これで授業づくりをしてほしいといわれることが多い。」という意見がありました。大学生からも、「若者に興味を感じてもらえる話題から入るといい。」という賛成意見が出ました。大学院生から「選挙と選挙の間にフォーカスし、次の選挙でどういう投票行動をするか考えさせる授業はどうか?」という提案がありました。藤井先生が「前の選挙を振り返らせるのは大事だと思う。学習指導要領の点から見ても、政治過程のところに該当する。授業の目標は後から考えることもできる。」と言われ、参加者は「次の選挙でどうするかを授業にする」という方向で勇気づけられました。

【ステップで目標など検討】
野坂弁護士:「マニフェスト要約注2を見ると、選挙の後にマニフェストどおりになっていないことが多いですね。なぜ実現していないのかについて、プラスに評価するか、マイナスに評価するかという、「振り返る主権者」としての資質を身に付けさせることを目標にするのがいいと思います。」
大学生:「高校生に身近な素材だと嬉しいと思います。」
司法書士:「マニフェストの5つの項目から、高校生にも身近なテーマを選んだらどうでしょうか? 雇用や社会保障など。」
女性弁護士:「消費税も身近ですね。」
大学院生:「マニフェストを使わなくても、シミュレーションをしたらいいのではないかと思います。」
藤井先生:「シミュレーションだと考慮すべき点が多く複雑で、広がり過ぎるのが問題でしょう。現実の状況から高校生に身近なテーマに絞ればいいと思います。次の投票への基準作りを納得させるという授業なのかなと思いますが。」
野坂弁護士:「生の結果は与党の政策だけを評価させればいい。野党は政策を実現していないのだから、マニフェストを検討する必要はありません。現状を分析し、与党のマニフェストどおりになっていないなら、それをどう評価するか、グループワークで議論する。その結果、もう1度投票するとしたらどの政党を選ぶか? というやり方が考えられます。」
藤井先生:「与党のマニフェストについてだけ現状を検証すればよく、投票は最後に1回だけで済むので、時間短縮できますね。」
大学院生:「投票の根拠づけを促すようにしたいですね。」
大学生:「新しい投票基準作りを目標にするということですね?」
野坂弁護士:「ある政策をやってみたらどうなったか、現実の選挙結果をきちんと情報収集することだけでも目標としていいと思います。時間短縮できます。情報収集してみて、評価を変えたりしたら、すごい成果だといえます。」
藤井先生:「与党だけでいいから、政策の結果だけでなく、政策がなぜうまくいったか、またはなぜうまくいかなかったか。情報収集はそこまですべきです。政策の評価を理由づけとともに説明するという目標は優れていると思います。」

【ジャンプは具体的な内容を検討】
大学生:「高校生はマニフェストを見ただけで眠くなるかもしれないので、テーマを1つに絞って、消費税だけならいいかもしれないと思います。」
藤井先生:「題材を1本にするか複数かは、学校によります。消費税に関連して、法人税減税とか年金問題などを検討し、最後に消費税を引き上げて大丈夫かと収束させていくという方法もあります。教員から、法人税と国債発行について材料を集めなさいと明示する調べ学習の方法もあります。そこまでわかって、もう一度与党に投票するか野党に投票するか考える、という流れです。」
司会:「選挙と選挙の間における政治に対する姿勢、継続的チェックの重要性を学んでもらうという授業ですね。」

5 グループワーク成果発表、講評、意見交換

【模擬投票グループ発表】
1班(高校教員主体)
授業の目標:投票の結果について検証することで、民主主義への理解を深め、主権者としてのあるべき態度を養う。
方法:「高級ブランドの制服」か「おしゃれな私服」どちらを選択するかについてのプレゼンテーションを聞き、投票する。開票結果に基づいて、問題点等を書きだし、グループごとに改善案をプレゼンテーションする。第三案も含め議論を尽くした上で再投票を行う。
2班(小中学校教員主体)
授業の目標:熟議の上で投票すべきことを理解させる。
方法:「消費税増税に賛成」「消費税増税に反対」の立場に分かれ、各候補者役の立会演説会をグループワークで準備する。演説会で党首討論をし、投票。開票結果についてグループワークで掘り下げる。講義形式で、日本の未来、社会契約説、税の役割、社会保障の意義など。再度立会演説会を行い、2回目の投票をする。
3班(省略)

【マニフェストグループ発表】
4班(高校教員主体)
授業の目標:個人の尊厳をはじめ代表者の責任など基本的な価値や概念の獲得。
方法:マニフェストを「ダイヤモンドランキング」し、興味のある分野を特定させる。生徒を支持する政党ごとに分け、主張を基礎づける事実等の調査をさせる。その結果をディベートや模擬投票で表明させる。代表者の責任として、負けた方の理念を無視していいのではないことを押さえる。
5班(小中学校教員主体)
授業の目標:多様な意見があることを理解する。きちんと自分の意見を考える。公共の意味を捉えるとともに、地域の一員としての自覚をもつ。
方法:マニフェストは使わない。給食や図書室等の身近な問題の解決策をグループで検討する。各グループが理由と共に意見を発表。度のグループの案がよいのか投票を行う。実社会との関係を提示。

【講評】
藤井先生:「教員以外のいろいろな人と教材づくりをすると、いろいろな視点が出て発想が豊かになると感じます。大学生など若者の意見も貴重です。多様な人の話を聞いて教材を作成されるといいと思います。教員と弁護士などが異業種交流すると、新しい面が広がることが期待されます。」
根本先生:「1時間という短い時間の教材づくりでしたので、授業案が詰めきれなかったのも無理はないと思います。それぞれ面白い目標設定で、具体案をもっと詰めると成り立つと思います。弁護士会は学校の先生方のニーズに応えるための態勢をとっていると思います。ご活用いただき、よい教材作りをしたいと考えます。」

〈取材を終えて〉

 講演者から、法教育は広義の主権者教育と融和しているというお話があり、法教育の意義が再確認されたと思います。今春は一連の主権者教育に関する取組みをいくつかレポートしてきましたが、主権者教育の授業案を作成する取組みは今回が初めてでした。お伝えした第3班はユニークな混成チームに、藤井剛先生と法教育の経験豊富な野坂弁護士という強力な助っ人が加わり、充実した話し合いが行われていました。現実の選挙結果について調べ学習をする方向という、面白い授業原案になったと思います。今後、様々な授業案が作られ、ブラッシュアップされていくといいと思いました。

 

注1:
法務省も法教育について報告書(法教育研究会著『はじめての法教育―我が国における法教育の普及・発展を目指して』〔ぎょうせい 2004年〕)を出版し、その普及に努めています。

 

注2:
前掲「ワークシート 18歳選挙権に向けて」のp.5「2014年12月の衆議院選挙 政党のマニフェスト要約」参照
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