2011年度レポートを振り返って インタビュー 寺本誠先生
2011年度の法教育レポートを振り返って気付いた点などをまとめ、これからの法教育について考える年度末企画も3回目となりました。
授業例の蓄積もできてきましたので、同じテーマ(たとえば模擬裁判)の授業を取材する際には、工夫されている点に注目したり、社会科以外の時間における法教育を探したりするという方針でレポートしてきましたが、読者の皆様のお役に立ったでしょうか。
2012年度からは、中学校で新学習指導要領が実施される運びとなりますので、今回はお茶の水女子大学附属中学校で社会科を担当する寺本誠先生にお話を伺いました。中学校公民的分野の現代社会をとらえる見方や考え方の基礎として、「対立と合意」「効率と公正」が取り上げられていますが、その扱い方などについても伺えればと思います。
今年度の授業レポートについて
Q:今年度取材した授業実践から、今のところ掲載されているものを一覧してみました(資料1参照、インタビュー1点含む)。教材や授業方法に工夫されている点、社会科以外の実践などに注目しましたが、中学校の事例について、情報は現場の先生の立場から見ていかがでしたでしょうか?
「子どもの発言や指導者の関わりなどが具体的に書かれており、興味深く読んでいます。これから実践するにあたって参考にしたいと考えている先生方に、とても役立ったのではないでしょうか。
法教育は、法教育と銘打って行うよりも、法的な見方・考え方を自然に授業に取り入れる方が定着のためによいのではないかと私自身は考えています。法教育のための授業ではなく、より良い授業をめざしていく過程で、必要に応じて法教育の考え方を授業の中で柔軟に応用していくとよいのではないでしょうか。
私自身は法教育の考え方を取り入れたり、応用したりした実践を、公民的分野だけではなく、他分野や道徳、特別活動の中でも行ってきました。
歴史的分野では、奈良時代の律令制や江戸時代の忠臣蔵、白州裁判などの学習場面で実践しました。当時は法的な考え方が今とまったく違いますので、当然公民的分野で法を扱うのとはねらいが違います。背景にある時代や状況について、法制度や仕組みを通して理解してもらうことがねらいです。単に説明を聞くだけよりも、具体的に法をもとに考えさせたり話し合ったりする方が、生徒が積極的に授業に参加し、関心が高まります。
地理的分野でも、「身近な地域」という単元で文京区と千代田区の路上喫煙禁止条例を扱った実践を行いました。歴史的分野の場合と同じような目的が達成できると思います。」
〈模擬裁判授業の実践例〉
「模擬裁判授業はここ3年間、同じ形で実践しています。かつては学年全体で一斉に行ったこともありますが、どうしても傍聴する生徒の参加意識が低くなります。実践を重ねた結果、今は3年生の総合的な学習の時間に弁護士を招き、クラス単位で4クラス同時展開で、2時間続きの授業を2回行う方法に落ち着きました。1時間目は弁護士1名に参加してもらい、刑事裁判の手続きや弁護士の仕事について説明を行います。2時間目は、警察段階と検察段階それぞれの調書を読み比べ、証人尋問の内容を全員が考えます。クラスを検察官・弁護人・裁判官の3グループに分けて行いますので、一人ひとりの参加意識が自然と高くなります。1日おいて、3時間目に尋問内容を再度考え、証人役を務めてくれる弁護士に尋問をします。この時間は、弁護士は2名来てもらい、1名がアドバイザー役、1名が証人役となります。証人の反応を見て、さらにグループで質問を考えるのが楽しいようです。4時間目は、論告求刑・弁論を考えたり、評議をしたりし、クラスによってはみんなで判決を出すこともあります。法的な物の見方や考え方を学ぶことが目的ですので、弁護士もそれに協力する方向で連携をしてくれています。
レポートの例のように、文化祭などのイベントで行うのも興味深いと思います。学校全体で関心をもつ生徒が増えそうですね。本校では、3年生の3月に選択制の刑事裁判傍聴プログラムがあります。傍聴すると、裁判や法について興味をもつ生徒が多くなります。以前は3年生全員を対象に、クラス単位で行っていましたが、裁判員制度が始まってからは傍聴人受け入れの制限もあり、少人数のプログラムにせざるを得ないのが残念です。」
〈特別活動について〉
Q:特別活動や総合的な学習の時間などの実践例はどのようなものでしょうか?
「1年生は遠足のルール、2年生は林間学校のルールについて、生徒が自主的に決めます。本校の目標は自主自律なので、日常生活において生徒の自主的活動の機会をなるべく保障しています。たとえば、遠足のルールづくりでは、まず少人数のクラス代表者が話し合って原案を作成し、それをクラスに持ち帰って議論します。クラスの話合いを受けて再度、代表者会議をしてから、学年全体で意見交換をし、学年のルールとして決定します。2年生の林間学校でも、1年の時の経験が活かされますので、生徒たちは話し合いにおける決定の仕方や議論の進め方をよく理解していると思います。
生徒会活動も同様に自主自律を旨としています。たとえば、部活動や委員会の予算決定の手続きも生徒主体で進められます。4月に各部・委員会から提出された予算案を役員会が審議し、各クラスの代表である評議員が集まる評議員会に提出します。評議員会でまず審議をし、クラスに持ち帰ってクラス全体で話し合います。それを踏まえて再度評議員会で話し合い、役員会、各部部長・会計、各委員会の委員長・会計、各クラス評議員が集まる評議会で予算案として生徒総会に提出してよいか決定します。最終的に生徒総会で全生徒にはかり、過半数の賛成があれば予算として決定されます。
また、本校は盛夏時に制服以外の服装で登校することを認めていますが、中学生らしい服装という趣旨に沿うよう、生徒が細かいきまりを毎年のように考えて、ルールが守られるよう生徒会主体で運営しています。自主的な話し合いの手続きが、自律する仕組みとして学校の様々な場面で根付いていると思います。」
〈新年度からの指導について〉
Q:公民的分野「現代社会をとらえる見方」において、「対立と合意」「効率と公正」という概念を扱うことになり、2011年度の全国中学校社会科教育研究大会の公開授業でも2つの実践例が公開されました(資料2参照)。「対立と合意」「効率と公正」について、新年度からどのような授業をされるかお考えでしたら、お聞かせください。
「2011年9月に関東弁護士会連合会のシンポジウム(当レポート2011年2月1日掲載)がありましたが、そのテーマが「これからの法教育」ということで、「公正」を主に扱う授業づくりを要請され、弁護士会と協力してつくりました。東日本大震災を受けて、ある町に建設することになった避難施設の費用を誰がどのように負担するかという「配分的正義」を考える授業です。
架空の町を設定し、海側と山側に住む人の典型例として家族構成や所得などの条件の異なる8つの世帯を想定します。公聴会でそれぞれの世帯の発言を聞き、みんなで費用負担をどうするか考えるというものです。生徒を8グループに分け、それぞれの立場に分かれて話し合いました。グループ内では司会や記録係のほか、自分の立場を主張しつつ、他の立場の話も聞くために、偵察役を1人つくるよう教員が提案しました。話し合いが佳境になったころを見計らって、教員が偵察役に利害関係が対立する他のグループの話し合いを聞いてくるよう助言し、議論の活性化を促しました。
この授業では、「対立と合意」は議論の流れの中に自然に含まれています。「公正」については、あらかじめ「公正とは」と定義して始めた最初のクラスでは、議論がおとなしくなってしまいました。そこで次のクラスでは、あえて公正についての説明をせず、その代わりに弁護士がタイミングを計って、「公正とは均等に割り振ることでいいの?」と問いかける方法をとりました。また、議論が対立しておかしい方向に向かってしまったときに、弁護士にアドバイスしてもうらうようにしました。グループで費用の配分を考える中で、生徒たちも公正に考えるとはどういうことか気づくことができたのではないかと思います。
〈法律専門家との連携について〉
「この授業づくりを通し、法律専門家と教員のそれぞれ担うべき役割の違いと、協働することで拡がる可能性に気づくことができました。法教育の授業は教員のみで行えるようになれば理想的ですが、そのためにも法律専門家が示す法的な見方や考え方のポイントに対し、教師自身が「腑に落ちる」という経験をもつことが必要でしょう。まずは教師と法律専門家の役割分担がしやすく、実践の蓄積のある模擬裁判などで試してみると良いのではないでしょうか。教師自身も学ぶことができ、だんだんとさまざまな授業場面で応用できるようになると思います。
法教育として行うと、形から入る感じがあり、結果的に法教育自体の可能性を狭めてしまうのではないかと思います。論理的思考力の育成や言語活動の一環として取り入れていくことが、定着させる1つの方法ではないでしょうか。」
インタビューを終えて
法教育と銘打つのではなく、授業の1スタイルとして応用しているというお言葉通り、歴史的分野や地理的分野においても授業例を積み重ねておられるのがわかります。無理のない取組み方をしておられることが、豊富な授業例に結びつくのではないでしょうか。生徒の自主的自律的活動も活発で、遠足のルールづくりや生徒会における予算決定などが生きた法教育の場になっています。学校生活がそのまま民主主義の学校になることは、理想的な法教育と言えるでしょう。
「対立と合意」「効率と公正」について、弁護士との連携授業の例も示していただきました。「効率」とは何か、難しく思われますが、避難施設を造る費用負担の公正を考えるとき、「誰かの幸福を減らさないようにみんなの幸福を増やす方向」で考えるでしょう。その考え方が「効率」を求めるということであり、生徒の議論の中で自然に行われたのではないかと思われます。実際の授業もぜひ拝見したく思いました。
法律専門家との連携は、とりあえず一緒に実践してみることが、教員のみでできる授業へのヒントになるということです。外部の専門家との連携については、学校により課題もさまざまのようですが、これからも連携が進んでいくことが期待されます。
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